盆栽用の台を作る名人に出会う!

今回は、マンチェスターから車で1時間ぐらいのところにお住いの盆栽愛好家をお訪ねしました。彼は盆栽から始まって、今は盆栽用の台も作っているそうです。それでは、さっそくご覧ください。

彼のワークショップは、実は車のガレージを改造したもの。いろいろな工夫がされてあって、感心しました。

マンチェスターの近くで、日本の手織に出会う!

みなさん、「さをり織」ってご存知ですか?私は一度も聞いたことがなかったんですが、なんとイギリス人の人に教わりました。日本ではとても人気のある、創作織のことらしいです。そのイギリス人の人は、わざわざ日本に行って、さをり織の資格を取って来たそうで、最近、自宅のある北ウェールズにスタジオを作られました。(北ウェールズは、マンチェスターから車で一時間ぐらいのところです。)そこで、さっそくお伺いして、さをり織とはなんたるかを聞いてきました。では早速ビデオをご覧ください。

さをり織に興味のある方は、ぜひ最後に載せたさをり織のホームページをチェックしてみてください。

桂サンシャインさんがマンチェスターにやって来た!!

みなさん、あの、桂文枝師匠のお弟子さんの、桂サンシャインさんをご存知ですか?日本ではテレビコマーシャルなどにもでておられたようですが。その、サンシャインさんが、なんと、マンチェスターにも来てくださったんです!!
大うけの英語版落語の後で、ちょっとお話を伺ってみましたので、ビデオをご覧ください。

サンシャインさんは、マンチェスターを気に入ってくださって、また11月にも来てくれると約束してくださいました。今から楽しみにしています!!

マンチェスターで七夕!

今回は七夕です。残念ながら、イギリス人主導ではないんですが、在英国日本国大使館の方々の提案で、イギリスの色々なところにある庭園、特に日本庭園で、笹が生えているなら七夕をやってしまおう!ということで、各地でこの催しが行われることになりました。今年初めての試みだそうです。私は直接かかわっていませんが、地元の小学生と先生方にお願いして、授業で七夕の話を学び、みんなで短冊にお願いを書いてもらって、それを実際に笹につるしに行ってもらったそうです。さて、マンチェスターでも、マンチェスターの南の郊外にある、ウォークデン ガーデンという庭園の中にある日本庭園でその催しが行われました。私は子供たちが帰ってしまってからしか行けなかったんですが、様子を見に行って来ました。

小さい子供たちが書いたのにしては、ずいぶん崇高なお願いも多くて恐縮してしまいましたが、そよ風に揺れる笹の葉の音と、それになびく短冊の風情はなかなかのものでした。みなさんも、どんなお願いがあるのか、ビデオを見てみてくださいね。

マンチェスター出身者に聞く:東京で働くってどんな風?

今回は、私は日本です。

実は、私の昔の生徒が、今は東京の丸ビルで働いているので、彼に会いに行って、東京での暮らしなどについて聞いてみました。名前は希望により明かせませんが、A君は、とても頭が良くて、物凄い切れ者なんですが、インタビューでは少し緊張してしまったようで、今一つ歯切れが悪かったようです。

私が教えたのは、短期間でしたが、A君は本当に態度が素晴らしくて、まるで日本人のように、それは腰が低くて、気が利いて、丁寧で、最初から感激したのをよく覚えています。彼なら、日本の一流企業で働いても全く問題ないだろう、と思ったとおり、立派な会社に就職して、花の丸の内勤務です。それでは、インタビューをどうぞ。

彼は、東京で働きだした当初は、色々と文句を言っていたように覚えていますが、なんといっても今は婚約者を見つけて、一番幸せな時。いい事しか頭に浮かばないのも無理はありません。

どうぞ、お幸せに!

イギリス人初の日本領事は、リバプールから!

リバプールといえば、たいていの皆さんはビートルズの出身地ということでご存知だと思いますが(と、いうより、それ以外の事では聞いたことがない!と言う方が本当でしょうか)、リバプールは、マンチェスターから、車で1時間ぐらい西に行ったところにあります。19世紀までは、貿易でものすごく栄えて、たくさんの大金持ちを生んだところですが、今はどちらかと言うとさびれています。

今回の「日本探検」は、そのリバプールにある、アデルフィホテルから始まります。どうしてこのホテルが特別かと言うと、なんと、あの岩倉具視率いる欧州使節団が、アメリカを訪れた後、大西洋を横切って、まずヨーロッパに足を踏み入れたのが、このリバプール、そして、このアデルフィホテルで、歓迎会が催されたからです!歴史で習いましたよね。1872年の事でした。残念ながら、当時のホテルの建物自体はもうないんですが、その後2回再建されて、今でもれっきとしたホテルとして営業しています。私はそのホテルに入った時、さすがに感激してしまいました!

さて、今回は少し趣向を変えて、リバプールで、イギリス人で初めて日本領事になった、ジェームス ロード バウズと言う人の足跡をたどってみることにしました。イギリス人初の日本領事が、地元(まあ、1時間は離れていますが)の出身だったと言う事は大感激です。それでは、ビデオをどうぞ。

彼は、貿易で大成功して一挙に大金持ちになったんですが、日本美術に興味を持つようになって、日本の美術品を買いあさり、その膨大なコレクションで、ヨーロッパ初の日本美術館を作った人でもあるんです。当時は、日本において封建制度が終わりを告げ、明治維新が始まった大混乱の時。今までの価値が失われ、日本の貴重な芸術品が、どんどん海外に流出してしまった時期です。ですから、コレクションを増やすのは、それほど難しくなかったろうとは思いますが。当時は、一般の人は、日本の事などまず聞いたこともなかった。でも、彼が、ほぼただ同然の安い入場料で、美術館を一般に開放したおかげで、何万と言う人が日本の最高級の美術品に触れる機会を持つことができたんです。そして、そんな美術品に感心しながら、果たしてこんなに美しいものを作ることができ、使っている人たちと言うのはどんな人たちなんだろう、と遠い日本と日本人に思いを馳せたことでしょう。彼らが初めて接した「日本」というものが、これらの美術品で象徴されていた、と言う事は、本当に幸運なことでした。きっと誰もが、日本と言う国、そして日本人に対して、憧れと畏怖の念を持ってくれたに違いありません。

ただ、残念なことに、彼が亡くなった後、その膨大なコレクションを、誰も引き取ろうとしてくれなかったんです。彼の妻は、そのコレクションを、細切れにしてしまうことなしに、その美術館ごと買い取ってくれるところを探したらしいんですが、誰一人買い手がつかず、結局、すべての美術品が、一品ずつ別々に、オークションにかけられて二束三文で売られてしまったということです。それで彼のコレクションは、世界中にバラバラになってしまったわけです。彼には息子も娘もいたのに、どうして誰もその美術館の後を継ごうとしなかったんでしょうか。とても仲のいい家族だった、と言う話でしたが、それでも、彼の日本芸術に対する情熱を分かち合える人は、家族の中にすらいなかった、ということではないでしょうか。

彼のお墓に行くと、日本とは違って墓地が荒廃しているのにびっくりしました。おまけに、よりによって、彼のお墓の上に、スプレーでいたずら書きがされているのを見ると、本当に心が痛みました。私とスミスさんが彼の家族のお墓の横に立った時、文字通りどこからともなく大きくて美しい蝶々が飛んできて、私の手にとまったんです!そんなことは私にとって、生まれて初めての事だったので、思わず興奮して声をあげてしまいましたが、もし私が息をひそめてじっとしていたら、もっとずっととまっていてくれたかもしれなかった。スミスさんが言ったように、あれはきっと、ジェームス ロード バウズの霊だったと思うのです。忘れられていた彼と、彼の日本文化を理解、普及させるための努力に、光をもう一度あててくれて有難う、と、彼が言ってくれたんだと思っています。

寿司ワークショップに行ってみよう!

今回は、マンチェスターから車で西に1時間ぐらいのところにある、リバプールに行ってみました。リバプールというと、みなさん、ビートルズを思い出されるかと思いますが、そう、そのリバプールです。でも、残念ながら、全然すてきなところじゃないですよ。

それはともあれ、今回はリバプールにある、回転寿司やさんにお邪魔してきました。それでは、さっそくビデオをどうぞ!

いかがでしたか。私はガールスカウトもやったことないし、スカウトジャンボリーのことも全然知らなかったんですが、4年に一度の祭典が、来年は日本で、というのに感激しました。みんな、日本のいろいろな地方でホームステイをするそうで、そういった草の根レベルの国際交流こそ、真の日本を知ってもらうためには必要なんですよね。スカウトの一人一人に、日本人は本当にいい人たちだった、と言う思い出を持ち帰ってもらいたいものですね。

それと、40人もの人数のワークショップを、すべて無料で提供してくださった、太っ腹の店長、ネイサンさんに、心から感謝したいと思います。普通は、一人30ポンド(5000円ぐらい)払わなければならないんですよ!本当に有難うございました。皆さんも、リバプールに行かれた時には、ぜひ、Yo!Sushiにお出かけください。